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名古屋高等裁判所金沢支部 平成元年(ラ)56号 決定

抗告人 日立クレジット株式会社

右代表者代表取締役 小林信市

右代理人弁護士 田中幹則

同 智口成市

相手方 宇野徳三郎

相手方 山田憲宏

主文

一  原決定を次のとおり変更する。

二  抗告人、相手方両名間の福井地方裁判所武生支部平成元年(ワ)第七〇号、第七一号譲受債権請求併合事件につき、平成元年一二月一一日成立した和解の和解条項第四項を、「前項の場合、被告らは、原告に対し、連帯して第一項記載の元金から既払額を控除した残額及びこれに対する同項記載の起算日から同割合による遅延損害金を直ちに支払う。」と更正する。

三  申立人のその余の申立を棄却する。

四  申立費用は第一・二審とも抗告人の負担とする。

理由

一  抗告の趣旨及び理由

別紙第一記載のとおりである。

二  当裁判所の判断

1  本件即時抗告の許否について

更正決定の申立を理由なしとして却下した決定に対して不服申立ができるかについては、民事訴訟法一九四条三項が更正決定に対する即時抗告しか規定していないが、更正決定の要件である「明白ナル誤謬」の意義・内容については解釈の余地が多分にあり、裁判所が右要件を満たしているのに誤って更正決定の申立を却下する事例も充分に予想しうるところであり、確定判決や和解調書に対する更正申立却下決定のように、即時抗告以外には不服申立の方法がない場合には、即時抗告を認めないと、更正の申立をした当事者の救済に欠けることになり、裁判の誤謬を訂正する手続である更正決定の制度を設けた法の趣旨にも反するというべきである。したがって、本件和解調書に対する更正決定申立却下決定に対する即時抗告の申立は許されるものと解する。

2  本件更正の当否について

(一)  和解条項に対する更正決定は、和解条項の記載に「違算、書損其ノ他之ニ類スル明白ナル誤謬アルトキ」でなければならないが(民事訴訟法一九四条一項)、右「明白ナル誤謬アルトキ」とは、当該訴訟の経過・内容、和解調書の記載自体、或いは更正決定申立書の記載理由及びその添付書類等の資料から判断して、当事者が何を望んで和解するに至ったかを考え、当該和解条項が当事者の合意した意思どおりに表現されていないことが容易に理解でき、同条項の記載に表現上の誤りがあることが合理的に判断して明白であることをいう。

(二)  これを本件についてみるに、本件和解条項は別紙第二記載のとおりであり、第一項で被告らは連帯して原告に対し三七一万八千円とそれに対する遅延損害金の支払義務を認め、第二項でその内金三一六万円について分割支払の約束をし、第三項で前項三一六万円の分割金の支払を怠った場合期限の利益を失う旨を定め、第四項でその場合被告らは原告に対し連帯して五五万八千円及び第一項の遅延損害金を支払う旨を定め、第五項で被告らが期限の利益を失うことなく第二項の金員を支払ったときは、原告は被告らに対し第一項の残内金五五万八〇〇〇円及び遅延損害金の支払義務を免除する旨定めている。

(三)  そこで、各条項につき検討するに、

(1) 第一項は、三七一万八千円とその遅延損害金の支払い義務を確認している条項であり、特定に欠けるところはない。

(2) 第二項は、その内金三一六万円の分割払の約定であって、金額・支払時期も特定している。しかし、三一六万円が第一項の金額の元金なのかどうか不明である。このことはまた分割金が元金・遅延損害金のいずれに充当されるのかの不明につながるのであるが、法定充当すれば足りると考えれば、この段階では問題にはならない。しかし、後記第四項の関係(元本復活・遅延損害金の計算)で問題の発生源となる。

(3) 第三項は、過怠約款で、一定金の支払を怠った場合、特に意思表示をするまでもなく当然に期限の利益を失う旨が記載されている。

そして、期限の利益を失えば直ちに履行期が到来し、分割支払いの対象となった金員の残額につき即時支払義務が生ずるのは当然であるから、「即時残額を支払う」旨を特に記載しなくても、残額につき即時執行が可能である。実務で、分割金の支払を怠れば当然に期限の利益を失い、その場合「即時残額を支払う」と記載しているのは念のための記載である。しかし、単に期限の利益を失うだけでなく、後記第四項で定めるように元金が復活したり、遅延損害金が付加される場合は、その関係を明確にするため即時の支払額を念のためにも明記する必要性はある。

すると、本件では第三項の記載のままで、過怠の場合三一六万円またはその残額につき即時執行は可能である。

(4) 第四項は、問題の条項であって、

ア 「前項の場合」とは、期限の利益を失った場合であるが、その場合に支払う第四項の金額は、①第二項で即時執行可能となる三一六万円またはその残額に「加える」金額であるか、②三一六万円またはその残額に「代えて」支払う金額であるか明らかでない。

イ 「三七一万八千円から三一六万円を差し引いた」五五万八千円を支払うとは、①五五万八千円を確定額として支払うのであって前段部分は計算の根拠を説明した無意味な記載にすぎないのか、②何か意味があるのか疑問。

第一項の三七一万八千円が元金であることは明らかであるところ、三一六万円を控除後の五五万八千円も遅延損害金が付されることからみれば元金であるはずで、そうであるとすれば、控除する三一六万円も元金でなければ計算が成り立たない。その意味で、この条項は、分割支払の三一六万円が元金の一部であり、分割金は元金に充当する趣旨を間接的に表しているということで意味があるというのかどうか。

ウ 「及び第一項の遅延損害金を支払う」とあるが、基礎となる元金が明らかでない。

①元金は第一項の三七一万八千円か、②五五万八千円か、③三七一万八千円から第二項のうち既払額を差し引いた額か、④あるいは、分割金を第一項の遅延損害金に法定充当し、余剰があれば元金に充当しその残額か。

①とすれば、一部弁済があっても遅延損害金は弁済前の元金全額につくということになり、不合理である。②とすれば、遅延損害金がつくのは、五五万八千円だけであって、三一六万円の分については、遅延損害金がつかないことになり、過怠の責任としては不合理である。③と解釈すれば、以上のような不合理はないが、支払われた分割金は元金に充当することが前提となるが、明確な記載はなく、法定充当にも反し、間接的に推論しなければならない難点がある。④とすれば、充当の合意がない以上法定充当によることになり、その点はよいとしても、法定充当による計算をしてみないと残元金は出てこないのに、あたかも残元金は五五万八千円となるかのような記載は合理的説明がつかない。五五万八千円の記載を全く無視する解釈ははたして可能か。

エ 遅延損害金の起算日は、①第一項の平成元年七月八日か、②分割金を法定充当して出てきた日以後か、③第二項の期限の利益を失って即時支払義務が生じた日の翌日か疑問がある。

(5) 第五項は、期限の利益を失うことなく第二項の三一六万円を支払ったときの残額免除の規定であるが、免除されるのは、①第一項のその余の債務全部なのか、②その一部なのか。

「残内金」五五万八千円及び遅延損害金という言い方からして、五五万八千円は元金の趣旨か。そうであれば、第四項でいう五五万八千円も元金となる。すると、同項で差し引く三一六万円も元金でなければならない。

(四)  以上によると、本件和解条項第四項の表現では、種々の疑問があって当事者は困惑し、将来一方に不利になることも考えられる。そして、一般に、当事者は和解においてそのような疑問の生ずる合意をするはずはないと解されるから、本件疑問ある条項は当事者の合意した内容を正確に表現していないとみるのが相当である。

そこで、当事者がいかなる合意をしたかを検討するに、本件和解条項の現記載の文言並びに前記疑問点を総合し、合理的に解釈すると、次のようになる。

(a) 被告が第二項の分割金の支払を遅滞し、期限の利益を失った場合は、第二項の三一六万円の残額は勿論即時に支払う。

(b) その他に第一項の元金残として、五五万八千円を即時に支払う。

(c) 更に、第二項の三一六万円は、元金の支払にあてられるものとし、

(d) (a)の残額と(b)の五五万八千円の合計額(これは第一項の元金の残である)に対し、平成元年七月八日から支払済みまで年六パーセントの割合による遅延損害金を付加して支払う。

となるところ、これをさらに要約すると、

「前項の場合、被告らは、原告に対し、連帯して第一項記載の元金から既払額を控除した残額及びこれに対する第一項記載の起算日から同割合による遅延損害金を支払う。」

となる。

以上によると、第二項・第五項の前記疑問点も解消する。

(五)  抗告人は、第二項の三一六万円が、元金に充当されるのではなく、法定充当されるので、そのような形で第四項を更正すべきであると主張するが、前記のように、現和解条項を客観的かつ合理的に判断するとそのようには解されず、第五項にも沿わなくなる。よって前認定のように、同金員は第一項の元金の内金として支払われるものと解し、その前提で更正するのが相当であり、抗告人の主張のようには更正できない。

(六)  以上により、本件和解調書第四項には疑問点や不合理な点があり、到底そのままでは、当事者の合意を正確に記載したものとはいえず、真意に沿わない記載となっていることが客観的に明らかであり、当事者の合意は、前記認定のようなものであると認められる。即ち、同第四項の記載に表現上の誤りがあることが合理的に判断して明白であって、更正すべきものである。

3  結論

よって、原決定を変更して本件和解条項第四項を前記認定のとおり更正することとし、なお、抗告人の申立てどおりには更正できないので、申立てを一部棄却し、申立て費用については、第一・二審とも抗告人に負担させることとして、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 井上孝一 裁判官 井垣敏生 紙浦健二)

〈以下省略〉

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